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2026年9月13日
【KendoPUM特集】①剣道個別指導サービス「KendoPUM」とは?
KENDO LINK編集部
前説
近年、剣道個別指導サービスが増えている中、「まだ強くなりたい、勝ちたい、諦めたくない」という熱い想いを抱えている社会人剣士から特に注目を浴びている剣道個別指導サービス事業者がいた。
そんな熱い想いに応えるKendoPUM代表の水森氏に迫る。
水森 大貴
栃木県出身。6歳から栃木県の野木剣友会で剣道を始める。
佐野日大高校→鹿屋体育大学→伊田テクノス株式会社→小山市役所
市役所に勤めたときに、先輩からフィジカルトレーニングを勧められ、フィジカルトレーニングの大切さに目覚める。友人から「もっと強くなりたいけど、正直諦めているんだよね」と相談され、ボランティアで剣道コーチングを始めたのをきっかけに2025年6月から剣道個別指導サービス事業を展開する「KendoPUM」を設立。
【主な実績】
・第62回全日本学生剣道優勝大会 優勝
・第64回全日本都道府県対抗剣道優勝大会 優勝
KendoPUMの原点
KENDO LINK編集者: まず簡単にご経歴をお伺いしたいです。
水森: 栃木県出身で6歳から栃木県の野木剣友会で剣道を始めました。高校は佐野日大高校で、大関先生の勧めで鹿屋体育大学に進学して、卒業後は伊田テクノス株式会社に入社しました。そこで、周りの先輩も後輩も上司もとても良い人達ばかりで人には恵まれたのですが、初めて剣道と仕事との両立が求められて、内職ということもありストレスが溜まってしまって、精神的な病気により25歳のときに一回剣道を引退しました。
27歳のときに小山市役所に勤めて、市役所の野球をやっていた先輩からフィジカルトレーニングを勧められ、フィジカルトレーニングの大切さに目覚めました。
30歳過ぎたときに、友人から「もっと強くなりたいけど、正直諦めているんだよね」と相談され、ボランティアで剣道コーチングを始めたのをきっかけに2025年6月からKendoPUMを設立しました。
KENDO LINK編集者: 27歳のときに、先輩の勧めでフィジカルに目覚めたということですが、大学が体育大学ということでフィジカルのイメージが強いと思うのですが、大学の時はあまりフィジカルを意識してなかったのですか?
水森: その当時は、まだ僕自身はフィジカルの重要性に気づいていなかったです。それより、如何に誰よりも稽古して「日本一稽古している」自覚が自信に繋がったと思います。
ただ今思うと、本当に稽古の内容が今まで味わったことがないくらいきつ過ぎて、手を抜かないように頑張るけど、本気でやると何年生だろうが足つって倒れちゃうくらいきつい練習だった。その中に、意識しない内にフィジカルとか色々なノウハウが詰め込まれていたんじゃないかな、とめちゃめちゃ感じますね。
KENDO LINK編集者: 大学時代に全日本学生剣道優勝大会で優勝されていると思うのですが、その当時のことについてお聞きしたいです。
水森: 僕が通っていた鹿屋体育大学は全国優勝を何度も経験している強豪校でして、男子監督には今もいらっしゃる竹中健太郎先生にご指導いただいておりました。当時の鹿屋体育大学は全国で入賞はしていても優勝までは後一歩届かなくて、竹中先生からも「今年は絶対優勝しよう!」と決意を伝えてくださいました。
それをきっかけに一気に先生と選手の間に絆が深まって、稽古は通常16時半から18時半までの2時間、それに加えてAチームの9人は竹中先生と特別練習が始まり、そこで先生の今まで培った経験を叩き込まれて、試合本番までそれを続けて相当力を付けましたね。
当時、竹中先生も女子日本代表のコーチとして招集されていて、そこで先生自身も蓄積した経験もプラスして力を付けることができたのも大きかったと思います。
出発前にも竹中先生が選手達を集めて、先鋒から順に一人一人の想い入れや熱い想いを語り出して、それで一気に選手達も士気が上がって「絶対に竹中先生を胴上げしたろう」っていう気持ちになったと思います。
竹中先生は人格者として色々な方に尊敬されていて、先生の指導を受けた人はみんな、今後警察になろうが、教員になろうが、どの職に就いても参考にしていると思いますね。
総括すると、「圧倒的な練習量」と「監督と選手との絆」、「チームワーク」の3つが大きく優勝に繋がったと思いますね。
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